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大阪高等裁判所 昭和63年(行コ)52号 判決 1989年9月26日

大阪市西淀川区野里3丁目3番3号

控訴人

西淀川税務署長 伊丹聖

右指定代理人

梶山雅信

外4名

大阪市西淀川区千舟2丁目2番13号

被控訴人

吉田豊

右訴訟代理人弁護士

間瀬場猛

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一,二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二主張

当事者双方の主張は,次のとおり付加するほかは原判決事実摘示中の被控訴人と控訴人に関する部分の記載と同一であるから,これを引用する。

一  控訴人の主張

原判決は,被控訴人の昭和55年分の特別経費について,被控訴人の債務者に法(所得税法)基本通達(以下「通達」という。)51―19(形式基準による債権償却特別勘定の設定)所定の事実(手形交換所において取引の停止処分を受けたこと)が認められるとして,被控訴人が同年分の確定申告書に債権償却特別勘定の繰入額の明細書(以下「明細書」という。)を添付していないことを認定しながら,通達51―25(明細書の添付)は単に債権償却特別勘定への繰入れの事実を明らかにする趣旨の規定にすぎず,その手続の欠缺が直ちに債権償却特別勘定への繰入れによる必要経費算入を不能とするとまでは解されないとして,1,274,000円を被控訴人の特別経費に算入した。

しかしながら,形式基準による債権償却特別勘定に関する通達51―19の規定は,法51条2項の定める必要経費算入の要件を緩和して納税者を有利に扱う規定であり,右規定による債権償却特別勘定への繰入れが認められるためには,右規定に定める所定の事実が発生すること,納税者において債権額の50%相当額以下の金額を債権償却特別勘定へ繰り入れること,及び右繰入れを行う年分に係る確定申告書に明細書を添付すること(通達51―25)が要件となっている。

したがって,被控訴人の債務者に前記事実が認められるということだけで,特別経費への算入を認めた原判決の右判断は,通達51―19及び51―25の解釈を誤ったものであり,失当である。

二  被控訴人の認否

控訴人の右主張は争う。

債権償却特別勘定への繰入れにつき,明細書を添付することは要件ではない。明細書の添付は,それがあれば繰入れの事実がはっきりするといった程度のものにすぎず,明細書以外の書面によってそれが証明されれば,添付は不要である。したがって,この点についての原判決の判断は正当である。

第三証拠

記録中の原審及び当審における書証目録並びに原審における証人等目録に記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  本件の事実関係についての当裁判所の判断は,次のとおり訂正するほかは原判決理由1,2,4項と同一であるから,これを引用する。

1  原判決24枚目表1行目の「業者」の次に「への手数料」を,同39枚目裏6行目の「以下」の前に「法基本通達51―18,」を各加える。

2  同42枚目表2行目冒頭から同43枚目表1行目末尾までを次のとおり改める。

「ところで,通達51―25は,「債権償却特別勘定への繰入れを行う場合には,その繰入れを行う年分に係る確定申告書に,債権償却特別勘定の繰入額の計算に関する明細を記載した書類を添付するものとする。」と定めているところ,成立に争いのない乙第37号証及び第41号証の1,2によれば,税務当局が納税者に交付した昭和55年分所得税青色申告決算書(一般用)の決算書の書きかた(乙第41号証の1,2)には,債権償却特別勘定の欄について,「繰入れまたは取りくずしにかかる債務者ごとの明細を適宜の用紙に記載して,決算書に添付してください。」と記載されているが,被控訴人は同年分の所得税の確定申告書(乙第37号証)において,前記小谷振出の約束手形4通及び小切手1通並びに倉本振出の約束手形1通の額面合計2,548,000円の債権につき形式基準による債権償却特別勘定への繰入れを行わず,その明細書も添付しなかったことが認められる。

そこで,控訴人が主張するように,明細書の添付が通達の定める債権償却特別勘定への繰入れが認められるための要件であるか否かについて検討するに,前記のとおり通達51―19による債権償却特別勘定の設定は法51条2項の合理的,弾力的運用を期するための制度であること,通達51―19は,同規定の定める事実の発生により納税者が50%相当額以下の金額を債権償却特別勘定に繰入れた場合の損失控除を認めているにすぎず,常に債権の50%相当額を資産損失として控除するというものではないこと,納税者は,その意思により,右制度による債権償却特別勘定への繰入れをせずに,債権の貸倒れ事実の確定時における法51条2項の貸倒損失を計上して必要経費に算入することができること,課税庁としては,債権償却特別勘定への繰入れを行う場合に,債権の回収ができないと見込まれる金額を把握することが困難であり,債権額の50%の範囲内でどの程度の金額を債権償却特別勘定繰入れるかをあらかじめ納税者に明確に表示させる必要があること,納税者が,後日本件のような訴訟の係属中に,当該年分の必要経費の算入方法を自由に選択できるものとすると,納税者をして恣意的に所得金額を変更することを許す結果になり,通達51―25の規定を遵守して明細書を提出した他の納税者との間に不公平な結果が生じるおそれがあること等の諸点を総合考慮すると,債権償却特別勘定への繰入れを明確にするために,納税者をして当該年分に係る確定申告書に明細書を添付することを求める通達51―25の規定には合理性があり,しかもこれは,単なる訓示規定ではなく,債権償却特別勘定の繰入れを認めるための要件をなす規定であると解するのが相当である。

したがって,被控訴人の主張する前記各手形及び小切手の額面合計2,548,000円は形式基準による債権償却特別勘定に繰入れを行うための要件を欠くものであり,右各債権の一部を昭和55年分の必要経費に算入することは許されないものというべきである。」

3  同43枚目表2行目の「以上」の前に「そうすると,」を加え,同4行目の「2,450,334円」を「1,176,334円」に改める。

4  同44枚目表1行目の「2,450,334円」を「1,176,334円」に,同5行目の「3,800,453円」を「5,074,453円」に各改める。

二  以上の事実によれば,被控訴人の控訴人に対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきところ,被控訴人の請求の一部(原判決主文第1項の部分)を認容した原判決は失当であり,本件控訴は理由があるから,原判決中控訴人の敗訴部分を取り消して被控訴人の請求を棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法96条,89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日野原昌 裁判官 大須賀欣一 裁判官 加藤誠)

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